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ジュニア・マンス(p)/Junior Mance [Part1・2・3・4・5・6・7・8・9・10に参加]
1928年10月10日イリノイ州エバンストン生まれ。
ピアニストの父を持つ。10歳でプロとして演奏活動を開始。シカゴの大学で正式な音楽教育を受け、同地での演奏活動で注目を浴びる。NYに転出し、レスター・ヤング、ジーン・アモンズ&ソニー・スティットなどのバンドで活躍。ダイナ・ワシントンの歌伴を勤め、56~57年キャノンボール・アダレイ5を経てディジー・ガレスピーのコンボで名をあげる。常にハード・バップのエッセンスが効いた、派手さはなくともじっくりと中身の濃いブルージーなプレイで人気がある。レイ・ブライアントとの「ブルース・ブラザーズ」はつとに有名。

シダー・ウォルトン(p)/Cedar Walton [Part1・4・8・9・10に参加]
1934年1月17日テキサス州ダラス生まれ。
高校時代にクラリネットを吹いていたがやがてピアノに転じる。多くのR&Bバンドで働いた後、55年にニューヨークに転出。兵役を経てアート・ファーマー、ベニー・ゴルソンのジャズテットや58年ジジ・グライスのコンボに参加。ジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」の録音にも参加した。次いでルー・ドナルドソン、J.J.ジョンソンと共演し、62年から64年にかけアート・ブレーキ?・ジャズ・メッセンジャーズにピアニスト、アレンジャーとして参加した。現在はバップ・ピアニストのリーダー的存在である。「鈴の音」と形容される、強く弾いても美しい音が崩れないピアノタッチが特色。

ジョアン・ドナート(p)/Joao Donato [Part10に参加]
1934年ブラジルのアクレ州オブランコ生まれ。
3歳ごろから音楽的才能を発揮しカバキーニョ(ブラジルの小型弦楽器)やハーモニカなど次々マスターし、8歳のときにはアコーディオンを手に「ルガー・コモン」を作曲(のちにジルベルト・ジルが歌詞をつけた)した。アメリカでの活動が長く、ジャズ、ラテンなど様々な要素がミックス、少ない音数で驚異的なグルーヴ感を産み出す凄まじいリズム感覚は独特のものがある。60年代からモンゴ・サンタマリア、セルジオメンデス、カル・ジェイダーらと共演してきたドナートは、ブラジル音楽界の至宝として熱狂的ファンが多い。Brasilian standardとして愛されるA Ra、Amazonas、Lugar Comum、Minha Saudade などはドナートの作品。小野リサの「サウダージ」(ドナートの作品集)により日本でも広く知られる。

ドン・フリードマン(p)/Donald Ernest Friedman [Part7・8・9・10に参加]
1935年5月4日カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。
50年代初頭からデクスター・ゴードン、ショーティ・ロジャース、バディ・デフランコ、チェット・ベイカーらと西海岸で共演。58年にNYに進出し、ペッパー・アダムス、テディ・コティックらと共演。59年ディック・ヘイムズの伴奏者などを経て、61年ビル・エバンスに続く知性派白人ピアニストとしてRiversideからデビュー・アルバム「ア・デイ・イン・ザ・シティ」、翌年代表作の「サークル・ワルツ」を発表。その後は自己のトリオを率いる一方、65年ハービー・マン、67年クラーク・テリー楽団などにも参加。75年に日本で再評価され、EastWindに約10年ぶりのリーダー作「ホープ・フォー・トゥモロー」を録音。以降日本制作のProgressive盤数作が続いた。70年代末以降、アメリカ・ヨーロッパで主にソロ・ピアノでの活動を続けている。エヴァンス派の流れを汲みながら、近年ますます円熟味を増し、精力的な活動を展開中。

ケニー・バロン(p)/Kenny Barron [Part 1・2・3・4・5・6・7・8・9・10に参加]
1943年6月9日ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ。
ティーンエイジャーの頃、兄のビル・バロンがいたオーケストラで演奏活動をはじめ、高校時代はドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズと共演。61年にNYに進出。ディジー・ガレスピーのバンドを経て、ロン・カーター、フレディ・ハバードらのバンドで活躍。洗練されたテクニックとブリリアントなタッチの音色を奏でるピアニストであり、アメリカ・ジャズ・シーンの中心的存在。スタン・ゲッツのラスト・アルバムでのプレイは聴く者を感動させずにはおかない。98年ダウンビート誌投票ピアノ部門第一位に輝いた。ロサンゼルス・タイムス紙は「世界のトップ・ピアニストの一人」と評し、ジャズ・ウィークリー誌は「現代で最も抒情的なピアニスト」と呼ぶ。

テッド・ローゼンタール(p)/Ted Rosenthal [初参加]
1959年11月15日ニューヨーク・ロングアイランド生まれ。
第2回モンク・コンペ優勝後、続けざまにリーダー・アルバムをリリースし、高い評価を得て国際的にスポット・ライトを浴びる。小編成での演奏はもちろん、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラをはじめとして、カーネギー・ホール・ジャズ・オーケストラなど錚々たるビッグ・バンドで演奏している。サイドマンとしてもアート・ファーマー、ジョン・ファデス、ベニー・ゴルソン、ジェイムス・ムーディー・カルテットと共演。また、ヘレン・メリル、アン・ハンプトン・キャラウェイ等アメリカを代表する歌姫との共演も多く、評価も高い。ジェリー・マリガン・バンドの音楽監督として活躍し、後にプロデュースしたアルバム「サンキュー・ジェリー」はグラミー賞にノミネートされた。メインストリーム・ジャズとクラシック音楽をクロスオーバーさせた演奏で、ボストン・ポップス、カンザスシティー・シンフォニーなど多くの交響楽団とも共演している。

サイラス・チェスナット(p)/Cyrus Chestnut [Part 5・6・7・9・10に参加]
1963年1月17日メリーランド州ボルチモア生まれ。
6歳から地元のバプティスト教会でピアノを弾き、9歳でクラッシック音楽を学ぶ。バークリー音楽院でジャズの作曲と編曲を専攻。卒業後そのままプロ入り。N.Y.で注目を集めるピアニスト。ウィントン・マルサリスやチック・コリア、ディジー・ガレスピーら著名なアーティストたちと数多く共演。映画『カンザス・シティ』ではその巨漢ぶりをかわれてカウント・ベイシー役で出演した。巨漢に似合わぬ繊細で軽やかなタッチのピアノは必聴。 JAZZ ELITE 2002で好評を博した。マンハッタン・トリニティ(ジョージ・ムラーツ(b)、ルイス・ナッシュ(ds))のピアニストとしても活躍中の天才ピアニスト。

ベニー・グリーン(p)/Benny Green [Part 5・6・7・8・9・10に参加]
1963年4月4日ニューヨーク州生まれ。
7歳からピアノを始めるが、父がテナーサックス奏者だったため、ジャズに転向。父のコレクションのLPを聴いては真似て弾きながらジャズの感覚をものにした。80年代後半から"ブルーノート"で行われる深夜のジャム・セッションの常連となり、これがきっかけでアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに参加し、知名度を獲得し、フレディ・ハバート・クインテットに抜擢された。93年にはオスカー・ピーターソンに推されてカナダのグレン・グールド賞を獲得。オスカー・ピーターソンの後継者としてレイ・ブラウン・トリオに加わり、多くのジャズ・ジャイアンツと共演した。年齢以上に円熟したテクニック、豊富なアイデアを持ち、エネルギッシュなピアノを聴かせる。自身のトリオやソロ活動を通じて国内外を問わず引っ張りだこのピアニスト。

山中千尋(やまなか ちひろ)/Chihiro Yamanaka [初参加]
米国バークリー音楽院を首席で卒業。在学中より幾多の賞を受賞し、ナンシー・ウィルソン、ジョージ・ベンソンやジョージ・ラッセルら数多くの有名アーティストと共演を重ねる。2001年10月に発表した第一作『Living Without Friday』は直後に大手CDショップのジャズ・チャートで一躍トップセールスをマークし、新人としては異例のデビューをかざる。
2001年10月から文化庁派遣芸術家在外研修員としてアメリカで研鑚を重ね、2002年12月に第二作『When October Goes』をリリース。ジャズ・チャート初登場第1位というかたちで聴衆から絶賛を受ける。2003年初頭に行なった「山中千尋 ニューヨーク・トリオ ツアー2003」の模様を伝えたTVドキュメンタリ「情熱大陸」(MBS系)では、その国際的な活動をさらに広く知らしめることとなった。2007年4月発表のスイングジャーナル誌「第57回日本ジャズメン読者人気投票」<アルバム・オブ・ザ・イヤー>部門で第1位を獲得。3rdアルバム「ABYSS」は、2007年度スイングジャーナルジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞に輝く。

ジェラルド・クレイトン(p)/Gerald Clayton [Part10に参加]
1984年5月11日オランダ・ユトレヒト生まれ。
幼少のころアメリカに移住。多様な音楽環境で育つ。(父はベーシスト、作曲家ジョン・クレイトン、叔父はアルト・サックスのジェフ・クレイトン)ジャズ・ピアノと作曲をシェリー・バーグ、ケニー・バロンとビリー・チャイルズに師事する。ティーンエイジャーの頃より数々の賞を受賞。2006年のセロニアス・モンク・ジャズ・ピアノ・コンペティションでは堂々の2位となった。クラーク・テリー、ラッセル・マローン、ロイ・ハーグローブなどと共演。また、ベニー・グリーン、マルグリュー・ミラー、ケニー・バロンとのデュオ・コンサート・シリーズをヨーロッパで展開している。ダイアナ・クラールのアルバムにも起用されるなど、NYタイムズ紙上でも絶賛される“時代の寵児”でもある。前回の公演でその恵まれた才能を惜しみなく披露し、好評を博した。

ボブ・クランショウ(b)/Bob Cranshaw
1932年12月10日イリノイ州エバンストン生まれ。
50年代シカゴでエディ・ハリスと共演、MJTで活躍後61年にニューヨークに進出。ブロードウェイのステージワーク、スタジオセッションなど活動の幅も広く、ソニー・ロリンズのツアーにも参加している。100 GOLD FINGERSには90年から毎回参加している。

ジョー・ラバーベラ(ds)/Joe La Barbera
1948年2月22日ニューヨーク・マウントモリス生まれ。ビル・エヴァンス・トリオの最後のドラマー。
音楽一家に生まれ、父からクラリネット、サックスとドラムの基礎を習う。バークリー音楽大学で、チャーリー・マリアーノやアラン・ドウソンに師事。富士通コンコード1999、ジャズエリート02、06、08に出演している。